先週(2009年10月16〜18日)に,来年度から新たな調査地となる場所の下見調査をしに,北海道へ渡った。2泊3日の強行スケジュールだったために,私の期待していた「北海道の味」を心おきなく楽しむことはできず,若干の心残りがある。
私は,両親が北海道出身ということもあって,親戚が北海道中にいるような感じで,赤ん坊の頃からかなりの頻度で北海道を訪れている。そして,そのような過程を経て,小さい時から慣れ親しんだ私の「北海道の味」というものが,確立されているのである。
この「北海道の味」のうち,私の好きな魚介類で,この秋に外せないのは何と言ってもシシャモである。
シシャモは世界の中でも北海道のオホーツク海沿岸と太平洋岸の一部でしか漁獲されない日本固有種であり,稀少種でもある。実際,北海道のレッドリストにも日高以西の個体群は絶滅の恐れのある地域個体群として指定されている。
日高以西といえば,シシャモの有名な産地である鵡川を包含する。この漁業と持続可能性をどう両立させるのかは,シシャモを食べる人間にとっても重要なことで,考える必要がある。
シシャモの話が上がったら,よく同時にカラフトシシャモ(カペリン,キャペリンとも呼ばれる)の話も上る。分類的には目は一緒だけど科は違うので,シシャモとはまぁ別物と考えるべきではあるが,シシャモの代用種として,すなわちシシャモの資源へのダメージを軽減させている身代わりになってくれている種である。
これはこれで,また問題があるのだが,ここではその保全を議論する場としようとしているのではなく,飽くまでその味について語りたいので深入りは止しておこう。
シシャモといえば,足が速い(腐りやすい)ので,一夜干したものを焼いて食べるのが一般的。
しかし,「将太の寿司」の愛読者の皆さんはご存知かもしれないが,このシシャモが採れる世界でもごく僅かな地域においてのみ,寿司で食べることができる。
長年,私はシシャモは焼いたものしか食したことがなかったので,シシャモの寿司には強烈な憧れを抱いていた。
それを実現することができたのが,2007年10月11日。
それは日本魚類学会の年会に出席したついでに,北海道を軽自動車で独り気ままに回って釣りを楽しむという,遅めの夏休みを画策したときのこと。
私は,静内で一泊することを決め,夜に静内の名店である「天政」に寄った。
メニューにその字はなかったものの,頼めばシシャモの寿司を握ってくれるというのである!!
しかし,一貫の値段がわからない……。
干したシシャモの値段の相場から価格を想像し,三貫注文した。ついでに,寿司好きには怒られそうだが,生ビールも注文した。
それが……これだ!!!!

この味は,今でもハッキリと脳裏と舌に残っている。
キュウリウオ科魚類といえば,キュウリウオやワカサギ,学者によってはアユも含め,その香りと切っても切り離せないような人間好みの魚が多い。これらの魚たちの香りは一種独特で,お互いがそれぞれ異なりながらも同系統に属すような,まとまりがある。
シシャモも焼いて食べるとそれなりにその香りがわかるであろうが,生だとその香りが焼くことによって変化していることに気づくことが出来る。
あの,強烈で爽快な匂いは言葉で説明できるものではない。食べた人のみが共有できる,一種の快楽といえよう。
まさにこれほどまでに強烈な香りを魚で味わったことがあろうか?
ビールを飲んだにも関わらず,一時間も口の中に残り香が漂い,私の「北海道の味」として最早不動の地位を確立した衝撃であった。
翌日。叔母の宅へ戻る帰路。往路で気になっていた店で昼食をとった。
私の気になったそのメニューとは……シシャモ蕎麦!!!!

なんという豪快な蕎麦であろうか。
シシャモの佃煮が2尾,丸ごと蕎麦に入っている……。
結論から言おう。佃煮と蕎麦は確かに絶妙なバランスの美味を提供した。
しかし,シシャモの香りが失われてしまっているため,シシャモの香りを楽しむことはできない。
これは見た目で食べるものだろう。そう。料理は匂いだけでなく見た目もまた美味を提供する。
そういう一例だったように個人的には思う。
さらにその翌日(2007年10月13日)。私は積丹半島で釣りをし,宿を小樽に取った。
夕食の第一発目は,「北海道の味」の一員である「なると」というお店の名物である若鶏。これに生ビールでほろ酔いとなり,夜道を独りながらも楽しく散策することができるようになる。
そう,二件目は「将太の寿司」の将太君の出身地でもある小樽で,やはり寿司屋は外せない!!!
そういう魂胆で,どの寿司屋に入るか,悩みに悩んで一時間ほど小樽を歩き回った。
そして,ようやく入ったのが「旭寿司」である。
地物の魚を食べなければ意味が無い!!!
ということで……

ここで私は一つの冒険をしている。
それは,完全に時価&値段聞かずに注文したのである!!!
これは当時,学部4年生であった私には未知の領域であった。回らない寿司屋へもろくに足を踏み入れたことのない,この私がである!!!
さて,この一番左端。これは鮭児である。

鮭児とは,普通のサケ10,000匹に対し1匹しか獲れないとまで言われるような,所謂「幻のサケ」として時知不と同様に超珍重されてるサケである。
この鮭児は,ロシアやアラスカなどの日本外の河川を母川とする個体群のサケで,回遊の最中に日本近海へやってきたものがたまたま漁獲されたものとされている。
これが……もはや単なる美味を通り越している。
初めて食べるこの鮭児。もう10倍の時間,口の中に残っていて欲しかったのに,美味ほど一瞬で溶けてなくなってしまう。
これほどの一般的な超美味は,このブログで最早紹介するまでもないほどに,多くの美食家たちが様々な語彙を並べて必死に伝えようとしている。私の出る幕ではない。
次に……この二貫。

これはハッカク(標準和名はトクビレ)である。
脂がとても乗っているにも関わらず,何故かあっさりした白身。そして心地よいプリプリ感。
最高にプルプルした白身の刺身といえば,私の経験上ではホウボウに勝るものはないのだが,そこまでではないものの,それがまた本当に調度良い按配の弾力性なのである。
まさに極上の白身魚。
トクビレは北日本の魚で,特に北海道では秋から冬にかけて安定した流通がある。
普通は鍋物にしてしまうのであるが,やはり生で食べられるのはその土地でなければならない。
そして最後の二貫はトロサンマである。
これは,某SNSで興奮冷めやらぬうちに書いたものをそのまま引用して,この感動を伝えたいと思う。
> 脂の乗り具合も、想像を遥かに上回りました。ここまで、ここまで脂が乗る魚だったなんて、サンマは大量に出回っているのに、たくさん食べてきたのに、それを知らずに生きて来たのが悔やまれます。
ちなみに,会計は五貫で¥2,520だった。
これは,シシャモの寿司(三貫)の約4倍のお値段である(シシャモは一貫¥210デシタ)。
やっぱり鮭児に手を伸ばしたのがいけなかったか!!!?
と,少し衝撃を受けつつも,満足な北海道の魚を堪能した2007年の秋であった。
2009年の秋にも,調査予定地にてそれなりの美味と出会えはしたが,心残りになってしまうのも,この経験を以っては致し方あるまい。
来年度から本格的に調査が始まるに伴って,「北海道の味」がますます増えることを期待したい。
私は,両親が北海道出身ということもあって,親戚が北海道中にいるような感じで,赤ん坊の頃からかなりの頻度で北海道を訪れている。そして,そのような過程を経て,小さい時から慣れ親しんだ私の「北海道の味」というものが,確立されているのである。
この「北海道の味」のうち,私の好きな魚介類で,この秋に外せないのは何と言ってもシシャモである。
シシャモは世界の中でも北海道のオホーツク海沿岸と太平洋岸の一部でしか漁獲されない日本固有種であり,稀少種でもある。実際,北海道のレッドリストにも日高以西の個体群は絶滅の恐れのある地域個体群として指定されている。
日高以西といえば,シシャモの有名な産地である鵡川を包含する。この漁業と持続可能性をどう両立させるのかは,シシャモを食べる人間にとっても重要なことで,考える必要がある。
シシャモの話が上がったら,よく同時にカラフトシシャモ(カペリン,キャペリンとも呼ばれる)の話も上る。分類的には目は一緒だけど科は違うので,シシャモとはまぁ別物と考えるべきではあるが,シシャモの代用種として,すなわちシシャモの資源へのダメージを軽減させている身代わりになってくれている種である。
これはこれで,また問題があるのだが,ここではその保全を議論する場としようとしているのではなく,飽くまでその味について語りたいので深入りは止しておこう。
シシャモといえば,足が速い(腐りやすい)ので,一夜干したものを焼いて食べるのが一般的。
しかし,「将太の寿司」の愛読者の皆さんはご存知かもしれないが,このシシャモが採れる世界でもごく僅かな地域においてのみ,寿司で食べることができる。
長年,私はシシャモは焼いたものしか食したことがなかったので,シシャモの寿司には強烈な憧れを抱いていた。
それを実現することができたのが,2007年10月11日。
それは日本魚類学会の年会に出席したついでに,北海道を軽自動車で独り気ままに回って釣りを楽しむという,遅めの夏休みを画策したときのこと。
私は,静内で一泊することを決め,夜に静内の名店である「天政」に寄った。
メニューにその字はなかったものの,頼めばシシャモの寿司を握ってくれるというのである!!
しかし,一貫の値段がわからない……。
干したシシャモの値段の相場から価格を想像し,三貫注文した。ついでに,寿司好きには怒られそうだが,生ビールも注文した。
それが……これだ!!!!

この味は,今でもハッキリと脳裏と舌に残っている。
キュウリウオ科魚類といえば,キュウリウオやワカサギ,学者によってはアユも含め,その香りと切っても切り離せないような人間好みの魚が多い。これらの魚たちの香りは一種独特で,お互いがそれぞれ異なりながらも同系統に属すような,まとまりがある。
シシャモも焼いて食べるとそれなりにその香りがわかるであろうが,生だとその香りが焼くことによって変化していることに気づくことが出来る。
あの,強烈で爽快な匂いは言葉で説明できるものではない。食べた人のみが共有できる,一種の快楽といえよう。
まさにこれほどまでに強烈な香りを魚で味わったことがあろうか?
ビールを飲んだにも関わらず,一時間も口の中に残り香が漂い,私の「北海道の味」として最早不動の地位を確立した衝撃であった。
翌日。叔母の宅へ戻る帰路。往路で気になっていた店で昼食をとった。
私の気になったそのメニューとは……シシャモ蕎麦!!!!

なんという豪快な蕎麦であろうか。
シシャモの佃煮が2尾,丸ごと蕎麦に入っている……。
結論から言おう。佃煮と蕎麦は確かに絶妙なバランスの美味を提供した。
しかし,シシャモの香りが失われてしまっているため,シシャモの香りを楽しむことはできない。
これは見た目で食べるものだろう。そう。料理は匂いだけでなく見た目もまた美味を提供する。
そういう一例だったように個人的には思う。
さらにその翌日(2007年10月13日)。私は積丹半島で釣りをし,宿を小樽に取った。
夕食の第一発目は,「北海道の味」の一員である「なると」というお店の名物である若鶏。これに生ビールでほろ酔いとなり,夜道を独りながらも楽しく散策することができるようになる。
そう,二件目は「将太の寿司」の将太君の出身地でもある小樽で,やはり寿司屋は外せない!!!
そういう魂胆で,どの寿司屋に入るか,悩みに悩んで一時間ほど小樽を歩き回った。
そして,ようやく入ったのが「旭寿司」である。
地物の魚を食べなければ意味が無い!!!
ということで……

ここで私は一つの冒険をしている。
それは,完全に時価&値段聞かずに注文したのである!!!
これは当時,学部4年生であった私には未知の領域であった。回らない寿司屋へもろくに足を踏み入れたことのない,この私がである!!!
さて,この一番左端。これは鮭児である。

鮭児とは,普通のサケ10,000匹に対し1匹しか獲れないとまで言われるような,所謂「幻のサケ」として時知不と同様に超珍重されてるサケである。
この鮭児は,ロシアやアラスカなどの日本外の河川を母川とする個体群のサケで,回遊の最中に日本近海へやってきたものがたまたま漁獲されたものとされている。
これが……もはや単なる美味を通り越している。
初めて食べるこの鮭児。もう10倍の時間,口の中に残っていて欲しかったのに,美味ほど一瞬で溶けてなくなってしまう。
これほどの一般的な超美味は,このブログで最早紹介するまでもないほどに,多くの美食家たちが様々な語彙を並べて必死に伝えようとしている。私の出る幕ではない。
次に……この二貫。

これはハッカク(標準和名はトクビレ)である。
脂がとても乗っているにも関わらず,何故かあっさりした白身。そして心地よいプリプリ感。
最高にプルプルした白身の刺身といえば,私の経験上ではホウボウに勝るものはないのだが,そこまでではないものの,それがまた本当に調度良い按配の弾力性なのである。
まさに極上の白身魚。
トクビレは北日本の魚で,特に北海道では秋から冬にかけて安定した流通がある。
普通は鍋物にしてしまうのであるが,やはり生で食べられるのはその土地でなければならない。
そして最後の二貫はトロサンマである。
これは,某SNSで興奮冷めやらぬうちに書いたものをそのまま引用して,この感動を伝えたいと思う。
> 脂の乗り具合も、想像を遥かに上回りました。ここまで、ここまで脂が乗る魚だったなんて、サンマは大量に出回っているのに、たくさん食べてきたのに、それを知らずに生きて来たのが悔やまれます。
ちなみに,会計は五貫で¥2,520だった。
これは,シシャモの寿司(三貫)の約4倍のお値段である(シシャモは一貫¥210デシタ)。
やっぱり鮭児に手を伸ばしたのがいけなかったか!!!?
と,少し衝撃を受けつつも,満足な北海道の魚を堪能した2007年の秋であった。
2009年の秋にも,調査予定地にてそれなりの美味と出会えはしたが,心残りになってしまうのも,この経験を以っては致し方あるまい。
来年度から本格的に調査が始まるに伴って,「北海道の味」がますます増えることを期待したい。








